ふだん私たちは、何かを見ても
それ自体が変わることはありません。
たとえば、
机を見る。
時計を見る。
空を見る。
机を見ても、机は机のまま。
時計も時計のまま。
空も、空のままです。
見るというのは、
ただ「ある」ことを確認しているだけで、
対象そのものに影響はありません。
ところが、
量子の世界では、少し事情が違います。
ちいさな世界では、「見る」ことが大きな出来事になる
量子は、
原子よりも、さらに小さな世界の住人です。
あまりにも小さく、あまりにも軽くて、ふわっとした存在です。
どれくらい小さいかというと、
私たちが何かを見るために使う「光」が当たっただけで、
大きく影響を受けてしまうほどです。
シャボン玉で考えてみる
たとえば、空中に浮かぶ
シャボン玉を想像してみてください。
「どこにあるかな?」と
指でそっと確かめようとすると……。
触れた瞬間、
パチン、と割れてしまいますよね。
触ったから壊れたのであって、
シャボン玉が気まぐれだったわけではありません。
量子の世界でも、
これに似たことが起きています。
光のつぶが「ドン!」とぶつかる
私たちが何かを見るとき、必ず光を当てています。
でも、量子にとっては、その光がとても重たい存在です。
人間サイズでいえば、大きなボールが、「ドンッ!」とぶつかってくるようなもの。
だから、
- 「どこにあるかな?」と見ようとすると
→ 光がぶつかり、動きが変わってしまう - 「どう動いているかな?」と見ようとすると
→ 今度は、場所が分かりにくくなってしまう
このように、見ようとした瞬間に、
どうしても様子が変わってしまうのです。
だから、見たときに「答え」が決まる
見る前の量子は、
どこにいるかが、はっきり決まっていません。
でも、
「あ、ここだ」と光を当てて確かめた瞬間、
その影響で、量子は一つの場所に現れます。
「見たから決まった」というより、
「確かめるために触れた結果、そこに決まった」
そんなふうに考えたほうが、この世界の様子に近いかもしれません。
なぜ「一つの結果」に見えるのか
「はっきり決まっていないって、どういうこと?」で出てきた疑問に戻りますね。
量子の世界では、
答えが最初から一つに決まっていないことがある。
それなのに、
見た瞬間、結果は一つに決まってしまう。
それは、
「見る」という行動そのものが、
量子にとっては
大きな出来事になるから
だと考えられています。
見る前と、見たあとで、
同じ世界を見ているつもりでも、
状態はもう同じではありません。
だから、
見た瞬間に
「一つの結果」として現れるのです。
それでも、ルールはちゃんとある
ここまで聞くと、
なんだか自由すぎて、
何でもありの世界に見えるかもしれません。
でも、実際は逆です。
量子の世界には、
とても細かいルールがあります。
ただしそれは、
「必ずこうなる」という形ではなく、
「こうなりやすい」という形で表れます。
そして、
そこに「見る」という行動が加わると、
結果も変わってしまう。
それが、量子の世界が不思議に見える理由です。
次は、「未来はひとつじゃない?」へ
「見ようとすると、様子が変わる」
これは、
量子の世界の入り口にある、とても大切なふしぎです。
そして、この話は、次の問いにつながっていきます。
未来は、ひとつじゃない?
もし、
見る前には答えが一つに決まっていないのだとしたら、
未来も、最初から
一つに決まっていないのかもしれません。
次の記事では、
その話を、もう少しだけのぞいてみます。

