前の記事では、
ものをどんどん小さくして考えていくと、
- 見えている形が、すべてではないこと
- 見えなくなっても、無くなったとは言えないこと
がわかってきました。
では、その「小さな単位」は、
どこまで小さくなるのでしょうか。
学校で習った「原子」
学校で、
原子(げんし)
という言葉を聞いたことがある人も多いと思います。
原子は、
- すべての物をつくっている
- とても、とても小さな存在
として紹介されます。
長いあいだ人は、
「原子こそ、これ以上小さくできない最小のもの」
だと考えていました。
実際、
「原子」という名前には、
「これ以上分けられない」という意味があります。
でも、原子は終わりではありませんでした
ところが、
原子をくわしく調べていくと、
意外なことが分かってきました。
原子の中には、
- 原子核
- 電子
といった、
さらに小さな存在があったのです。
つまり、
原子もまた、
いくつかの要素が集まってできていた
ということになります。
「最小だと思っていたものの中に、
さらに中身があった」
これは、
人にとって大きな発見でした。
どんどん小さくしていくと、見えなくなる
原子よりも小さい世界を考えるとき、
ひとつ困ったことが起こります。
それは、
- 目で見ることができない
- さわることができない
- 形を確かめることができない
ということです。
あまりにも小さすぎて、
私たちの感覚では
直接とらえられなくなってしまうのです。
見えない=無い、ではありません
ここで、
とても大切なことがあります。
それは、
見えないからといって、
無いとは限らない
ということです。
風は見えませんが、
木の葉がゆれたり、
肌にふれたりすることで、
そこにあると分かります。
原子よりも小さい世界も、
それと少し似ています。
「ふるまい」から、存在を知る
原子よりも小さい世界は、
直接見ることはできません。
けれど人は、
- 実験をして
- 結果を比べて
- 何度も確かめる
という方法で、
その世界を調べてきました。
すると、
- いつも同じような結果が出る
- 予想と違う動きが現れる
といったことが、
くり返し確かめられていきました。
そこから、
「見えないけれど、何かがある」
と考えられるようになったのです。
原子より小さい世界では、少し様子が違う
原子よりも小さい世界では、
- ここにある
- これが原因
- これが結果
といった、
私たちが普段、当たり前のように使っている考え方が、
そのまま通じないことがあります。
でもそれは、
世界が不安定だからでも、
おかしな世界だからでもありません。
ただ、
私たちが慣れてきた見方とは、
少し違うだけ
なのです。
ここから「量子」という考え方が出てきます
原子よりも小さい世界を説明するために、
人は新しい考え方を使うようになりました。
それが、
量子(りょうし)
と呼ばれる考え方です。
量子とは、
- 原子よりも小さい世界で
- どんな動きや変化が起きているのか
を、
できるだけ正確に表そうとした
ひとつの考え方です。
次は、「量子って、なに?」へ
ここまでで、
- 原子は最小ではなかったこと
- 原子よりも小さい世界があること
- その世界は、見え方が少し違うこと
が見えてきました。
次は、
いよいよその世界を表す言葉、
「量子って、なに?」
について、
もう少しだけ近くから見ていきます。

