前の記事では、
「科学で証明されていない」=「間違っている」ではない
ということを見てきました。
科学でまだ確かめられていないことは、まだまだたくさんありますよね。
そもそも、人生の意味や価値観のように、科学だけではひとつの答えを出せないこともあります。
ここまで、量子、波、周波数、波動、そして spirituality と、さまざまな言葉について一緒に見てきました。
その中で、私自身、ひとつ気になることがあるのですが、
なぜ私たちは、よくわからないものに出会うと、「怪しい…」と感じるのでしょうか。
理解できないことを言われると、すぐに「あやしい…」と口にしたり、心の中で思ったりすることってありますよね。
「わからない」と「怪しい」は、同じではない
まず、この2つは分けて考えた方がよさそうです。
「わからない」というのは、
まだ理解できていない。
まだ十分に確かめられていない。
今の自分には理解(判断)できない。
という状態です。
一方、「怪しい」には、
「信用していいのだろうか」
「何かおかしいのではないか」
「だまされるかもしれない」
といった、警戒の気持ちが含まれています。
つまり、
「わからない」は状態であり、「怪しい」はそこから生まれた判断のひとつ
と考えると、わかりやすいかもしれません。
「わからないまま」は、少し居心地が悪い
人は、先が見えなかったり、判断材料が少なかったりする状態を、不安に感じることがあります。
実際、心理学では、不確実な状態を不快に感じたり、曖昧なものを避けようとしたりする傾向について研究されています。
考えてみれば、
「正しいのか、間違っているのかわからない」
「信じていいのか、わからない」
という状態は、あまり落ち着くものではありません。
だからこそ、
「これは正しい」
「これは間違っている」
「これは怪しい」
と、できるだけ早く答えを出したくなるのかもしれませんね。
もちろん、すべての人がそうだという話ではありません。
ただ、「わからない」という状態にとどまり続けることは、思っている以上に難しいことなのかもしれないと思います。
「怪しい」と判断すること自体が悪いわけではない
ここも大切だと思います。
「怪しい」と感じること自体は、悪いことではなく、むしろ、
「本当かな?」
「信用していいのかな?」
と疑うことは、自分を守るためにも必要です。
問題なのは、
「怪しい」と感じたところで、考えることまで終わらせてしまうこと
なのかもしれません。
たとえば、
「波動なんて怪しい」
「スピリチュアルなんて怪しい」
とひとまとめにしてしまえば、それ以上調べる必要はなくなります。
でも、このサイトで実際に調べてみると、
「波動」は、もともと物理学で使われてきた言葉でした。
「spiritual」も、不思議な力だけを指す言葉ではありませんでした。
調べる前に持っていた印象と、実際に言葉をたどって見えてきたものには、違いがありました。
「怪しい」の先を、少しだけ見てみる
ここからが重要!「なんか、あやしい…」と感じたとしたら、
「なぜ私は、これを怪しいと感じたのだろう?」
と、もう一歩だけ進んでみませんか?
説明が曖昧だからなのか。
科学的な言葉が、根拠なく使われているからなのか。
自分が知らないものだからなのか。
それとも、本当に不自然なところがあるのか。
「怪しい」という感覚を、そこで終わりにするのではなく、
考え始めるきっかけにしてみる。
それだけでも、見え方はずいぶん変わるように思います。
まとめ:この記事でわかったこと
- 「わからない」と「怪しい」は、同じ意味ではない
- 人は、判断しにくいものに出会うと、不安や警戒を感じることがある
- 「怪しい」と感じること自体が悪いのではなく、そこで考えることまで止めないことが大切
- わからないことを、すぐに信じたり否定したりせず、少し考えてみる余地を残しておくこともできる
ここまで、量子力学、波、周波数、波動、そして spirituality と、さまざまなテーマを一緒に見てきました。
調べてみると、最初に持っていた印象とは、少し違って見えてくるものもありました。
「まだ、わからない」ところから、少し深堀してみる。
このサイトでは、これからもそんな姿勢を大切にしていきたいと思います。
次の章からは、ここまで見てきたことを、私たちの日々の暮らしや生き方へ、少しずつつなげていきます。

